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VRは日本発のMIPSプロセッサ

根木 勝彦(ねき かつひこ)
NECエレクトロンデバイス


はじめに

NEC製のT-Engine(n101)とμT-Engine(n301M)に採用されているRISCプロセッサであるVRシリーズについて解説します。
VRシリーズはNECが開発・生産をしているMIPS命令セットに準拠したRISC型マイクロプロセッサ群の総称です。NECは1989年からMIPSプロセッサの開発を開始しました。初期の開発コンセプトは「シリコンバレーにおける最先端のRISCプロセッサ設計技術と日本の最先端半導体製造技術を融合させ世界最高性能のプロセッサをつくる」というものでした。その開発スキームの中でハイエンド・ワークステーション、サーバ用のVR4000、VR4400、VR10000、レーザープリンタなどに多用されたVR5000、VR4300など、多くのヒット商品が生まれました。VR4300系のプロセッサが任天堂のゲーム機Nintendo64に採用されたのは有名な話です。
この開発スキームは、時代のニーズに呼応して2000年ごろを境に大きく変化します。ユビキタス・コンピューティングの時代と言われる中、プロセッサを求める人々の期待は「プロセッサという半導体そのもの」から「プロセッサを用いたソリューションやアイディア」へと変化しています。そのため、実際にプロセッサを設計したエンジニア自身が、「自分のプロセッサの特徴や設計思想を熱く語れる」ことがたいへん重要になりました。NECのVRチームは90年代の終わりごろからこのことに着目し、すべての組込み用途向けプロセッサは日本のエンジニアで設計・開発するように方向転換しました。
以下にVRプロセッサの各ファミリーの概要を説明します。なお、各プロセッサの詳細仕様などはNECのウェブサイト(http://www.ic.nec.co.jp/micro/product/vr/vr.html)をご参照ください。

VR4100ファミリー

VR4100ファミリーは、低消費電力・省スペースを徹底的に追求した高性能64ビットRISCプロセッサです。このシリーズは他のVRシリーズに先駆け、90年代中ごろからNECで独自開発を進めてきました。当初は情報携帯端末(PDA)とマイクロソフトのWindowsCEサポートを強く意識して開発され、多くのWindowsCE対応のPDAに採用されています。しかし現在では対応OSもITRON、Linux、NetBSD、VxWorksなどへ広がりを見せ、ブロードバンドルータ、デジタルカメラ(DSC)、カーナビ、無線LANカード、各種業務用機器など、さまざまな分野へ急速に拡大しています。
現在のVR4100ファミリーには大きく分けて2系統あります。?汎用性を維持し高性能を追求するVR4131系と、?メモリ以外の必要な周辺回路をほとんど1チップに集積したVR4181系です。
VR4131は低電力で高性能な64ビットの4130CPUコアにSDRAMメモリコントローラとPCIインタフェースを集積したチップ構成になっています。4130CPUコアは2ウェイスーパースカラのRISCプロセッサコアで、200MHz動作時に約340MIPSの性能を発揮します。VR4131の消費電力は200MHz動作時でも220mW程度と極めて少なく、多彩な省電力モードのサポートと相まって電池寿命の向上に貢献しています。また、熱の発生が少ないため省スペース化も可能となります。PCIインタフェースでイーサネットコントローラやUSBデバイスなどの安価なデバイスが接続できることも重宝されており、VR4131を用いた製品開発が多数進んでいます。NEC製のμT-Engnie(n301M)には、このVR4131をベースに32MバイトのSDRAMと16Mバイトのフラッシュメモリを23mm角に集積した「VR4131BGAモジュール」が採用されています。
VR4181は多くの周辺回路を1チップに集積したプロセッサです。CPU部分の動作周波数は66MHzとVRシリーズの中で最下位ですが、周辺回路を含めた消費電力が約115mWと極小であることがひとつの特徴です。ADコンバータ、DAコンバータ、CFインタフェース、ISA系バス、GPIO、LCDコントローラ、キーボードコントローラ、メモリコントローラなど、多くの周辺回路を集積しているのも特徴です。VR4181の姉妹品としてVR4181Aがあります。CPUの1次キャッシュメモリ容量が2倍に拡大され、動作周波数が131MHzまでに引き上げられました。周辺機能としてはUSB1.1のホストとファンクションコントローラ、AC97、IDEインタフェース、I2Cなどが追加になっています。VR4181とVR4181Aは世代交代して単純に置き換わるものではなく、用途によって使い分けられています。

VR5500ファミリー

VR5500(開発コードネーム:サファイア)はレーザプリンタ、セットトップボックス(STB)、HDDレコーダなどのデジタル家電、ネットワーク機器、カーナビ、ロボット制御など、さまざまな分野に応用できる消費電力2Wクラスの高性能64ビットプロセッサです。特徴は大きく3つあります。?従来品からの継承性を重視したこと、?2003年末に1GHzがねらえるアーキテクチャ設計としたこと、?純国産プロセッサであることです。
VR5500は数多くの採用実績がある従来のMIPSプロセッサからの継承性を重視して開発されました。MIPSプロセッサのCPUバスはSysAD(シスエーディー)と呼ばれるものですが、各プロセッサによって若干の方言があり、そのまま置き換えるのが困難でした。VR5500はVR5432やVR5000はもちろん、VRシリーズ以外の同クラスのMIPSプロセッサのバスモードも一部サポートしています。したがって、プロセッサに接続されるASICやチップセットを変更することなくVR5500に置き換え、性能向上を図ることができます。また、MIPSプロセッサには32ビット幅のSysADと、64ビット幅のSysADがあります。VR5500はモード切替えでその両方に対応できるよう設計されています。
今まで、MIPSプロセッサは「MHzあたりの性能は良いがMHzが高くない」と言われていました。これにはいろいろな意見や議論がありますが、やはりプロセッサは高MHzを追求しなければならない運命にあります。一般にパイプラインの段数を増やせば高MHzを達成するのが容易になりますが、MHzあたりの性能は低下します。ここがマイクロアーキテクチャ設計の腕の見せどころです。VR5500は10段パイプラインです。MHzあたりの性能低下を補完するため、アウトオブオーダ命令処理、強化された分岐予測機構、投機実行、デカップルドアーキテクチャにより最適化されたリソース(2命令発行、6個の実行ユニット、3命令完了)などを採用し、VR5432(5段パイプライン)と同等のMHzあたりの性能を達成しています。これらの機能により400MHz動作時に約800MIPSの性能を達成しています。ちなみにアウトオブオーダとは、命令の依存関係を調べて実行できる命令から実行するプロセッサの性能向上技術です。現在多くのMIPSベンダーから提供されるすべてのMIPSプロセッサの中でアウトオブオーダ処理ができるのは、後でご紹介するVR10000ファミリーとこのVR5500だけです。最初の製品はNECの150nm(ナノメートル)プロセスを使用し400MHzで量産中です。現在130nmプロセスの試作品を評価中で、実験室レベルではすでに800MHz(1600MIPS)の動作が確認されています。今後も先端プロセスを使い周波数を向上させる計画になっています。
VR5500は企画・設計・開発・生産をすべてNECが単独で行った純国産プロセッサです。VR5500を使用する装置開発者がVR5500を設計・開発したエンジニアと直接対話できることの意味は重要です。お互いに多くのことを学ぶからです。ちなみに現在、VR5500クラスのRISCプロセッサを独自開発し、標準品として量産出荷している日本メーカーはNEC以外にはないようです。「パソコンの性能が安価に低電力で組み込める」と多くの方々から期待されています。NEC製のT-Engine(n101)にはこのVR5500が採用されています。

VR7700ファミリー

前述のVR5500をCPUコアとして2次キャッシュメモリ、SDRAMインタフェース、I/Oインタフェースなどを集積するのがVR7700ファミリーです。
第一弾の製品がVR7701(開発コードネーム:Y-Wing)で、256Kバイトの2次キャッシュメモリ、64ビット・133MHzのDDR-SDRAMインタフェース、64ビット・133MHzのPCI-Xインタフェース、100/10BASEのイーサネットコントローラ(2個)などを集積しています。VR7701は現在ESサンプルを配布中です。このプロセッサはネットワーク機器(ルータ)、ディスクストレージ装置(RAID)、サーバなどのインターネット基幹系の機器や、レーザプリンタなど高いデータ処理性能が要求される装置を設計・開発している人々が注目しているプロセッサです。
最初の製品は400MHz版ですが、暗号処理を高速にしCPUコアも1GHzとしてイーサネットコントローラをGビット対応にした製品なども検討されています。VR7701はコンピュータとしての基本機能を1チップに集積しているため、SDRAMとROMを接続するだけで強力なコンピュータを安価に作ることが可能です。今後が楽しみな製品です。

VR10000ファミリー

組込み用途ではありませんが、VRシリーズにはもう1つのファミリーがあります。NECとSGI(シリコングラフィックス社)で共同開発をしているVR10000ファミリーです。このシリーズは最大16Mバイトまでの大容量2次キャッシュを128ビット幅で接続できるインタフェースや強力な浮動小数点演算ユニット(FPU)などを持つ4並列の64ビットRISCプロセッサで、マルチプロセッサを構成するための機構を備えています。
SGIといえばハリウッド映画の特撮やCADなどに使われるワークステーション、グラフィックエンジンなどが有名ですが、最近ではスカラ型高並列スーパーコンピュータも数多く納入しています。米国のロスアラモス国立研究所で6144個、ニュージャージー州プリンストンの物理的流体力学研究所で1152個、オランダの国立スーパーコンピュータ・センターで1024個、日本原子力研究所(那珂研究所)で768個、京都大学化学研究所で800個のVRプロセッサを使用した高並列スーパーコンピュータが稼動中です。核物理シミュレーション、核融合プラズマの研究開発、ゲノム研究、気象・天候の解析などに貢献しています。これらの稼動例はごく一部です。興味のある方は日本SGIのウェブサイト(http://www.sgi.co.jp/
solutions/index.html)で詳しい稼動実績を見ることができます。
スカラ型高並列スーパーコンピュータの世界では、プロセッサ1個の性能もさることながら、「限られた体積の筐体の中にどれだけ多くの性能、すなわちどれだけ多くのプロセッサを詰め込めるか」が勝負となります。ですからプロセッサの消費電力は大変重要な意味を持ちます。例えば128個のプロセッサを筐体に収めるとき、プロセッサ1個の消費電力が70Wの場合、プロセッサだけで10KW近くの熱が発生します。我々は早い時期からこのことに注目し、消費電力を抑えて性能を向上させることを目標としてきました。量産出荷中のVR14000-500MHzが20W以下、開発中のVR16000-700MHzが10W程度の消費電力なのはこのためです。この高性能・低消費電力が評価され、サーバやスーパーコンピュータ以外の機器へのプロセッサとしても採用されています。

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